この記事で学べること
歯の内部にある歯髄(歯の神経)は象牙質とともに、外からの刺激に対して様々な防御反応を発揮します。刺激を食い止めて自分を守る働きです。外からの刺激とは虫歯だけに限りません。この記事では象牙質歯髄複合体のメインの防御反応について学びます。人間の体、細胞、歯の神経ってすごい!!と思われると思います。*本記事は関連記事の『歯の構造と虫歯の仕組み』を合わせて読んでいただくと、より理解しやすいと思います。
歯髄の防御反応
外からの刺激を食い止め、自分を守ろうとする防御機能を発揮できるのは、生きている歯髄ならでは貴重な働きです。
一般的に3つの方法が考えられています。
①象牙細管の中の液体の外向きの流れを増加し、侵入してきている細菌を押しとどめる
象牙質内の象牙細管の内部には象牙細管内容液という液体が存在します。今日の記事とは関係ありませんが、この象牙細管内容液は知覚過敏のメカニズムと関連していると考えられています(導水力学説)。
この液体の外向きの流れを増加することで、細菌の侵入を堰き止め、遅める働きがあると言われています。また、この液体の中には細菌をやっつける抗体(免疫グロブリン)も存在していると言われており、二つの効果で細菌の侵入を防御する働きがあると言われています。
②象牙細管の幅を狭める(Dentin Sclerosis)
象牙細管の内部にミネラルを添加し象牙細管の径を小さくすることで、細菌の侵入を遅らせると考えられています。細菌が神経まで進攻する通り道を狭めてしまうイメージですね。
③内側から歯(象牙質)を作る(第三象牙質形成)
神経の防御反応の3つのうち最も代表的なものと考えられています。
以下に実際の治療例を見ながら解説していきます。
第三象牙質形成を生かした治療例 (Stepwise Excavation)
まだ生え途中の6歳臼歯、大きな虫歯がありますが、入り口の穴がごく小さく痛みも全くないため今まで虫歯に気づかなかったということでした。虫歯が大きく、全てとると神経まで行ってしまいそうそうな状態。奥の歯がまだ埋まっているため、虫歯を全て取り除いて神経が露出すると、神経の治療の際に、唾液や血液が入り込みきれいに行うのが難しい状態でしたので、あえて虫歯を全て取らない治療法を選択しました。健康な神経の防御反応である第3象牙質形成能を利用した虫歯を段階的に取り除き、神経に到達することを防ぐ治療法、Stepwise Excavationという方法です。
上のレントゲン写真からも短期間で第三象牙質を作る神経のすごい防御能がわかると思います。この防御能は神経の内部に存在する再生や修復に関わる細胞(象牙芽細胞、未分化間葉細胞)の働きによります。外からの刺激(虫歯菌の侵入や過度な噛み合わせの力、歯を削る行為)などに反応してこの細胞たちは活発になり、刺激から身を守るべく歯髄の内側から第3象牙質を作り防御反応を発揮します。
*若い歯の方が神経のボリュームがあり、血管も細胞も豊富なのでより防御能が発揮しやすいと考えられています。
虫歯になってもすぐに神経が死なないのは、この神経の防御反応があるからです。
刺激が一過性であれば問題ないのですが、防御しきれないくらい虫歯からの細菌刺激が多く、そして途絶えないと防御機能では追いつかず、神経が弱っていき最終的には死んでしまいます(歯髄壊死)。ですので、神経に負担をかける刺激がある場合は早めに取り除いてあげることが必要です。
虫歯や、欠けた詰め物を放置しない、などが重要なのです。
*この防御機能の他に、炎症、という体(細胞)が細菌と戦うメカニズムがあります。
歯の神経に炎症が起こる歯髄炎は、歯が滲みたり、ズキズキする、などの症状があることが多く、虫歯等の何らかの刺激で神経がダメージを受けていることがわかります。歯髄炎のお話はまた別の記事で詳しく解説していこうと思います。
参考文献
1) Pashley, D.H. and Tay, F.R.(2012). Pulpodentin complex. In Seltzer and Bender’s Dental Pulp: 2nd Ed. Quintessence Publishing Co, Inc.
2)Tjäderhane, L. and Paju, S. (2019) Dentin‐Pulp and Periodontal Anatomy and Physiology. In Essential Endodontology : Prevention and Treatment of Apical Periodontitis:3rd Ed. Wiley-Blackwell.