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論文を読み解く -RCT編-

Evidence Based

  • 執筆者: 山本信一
  • 2022/09/09
  • 記事区分:非会員/無料

記事の長さ:4363文字

私たち臨床医は「この歯は残せるのかな?」「この患者さんにはどんな治療法が適適切なんだろう?」といった疑問に毎日悩み、それでも何らかの意思決定を行い治療に励んでいると思います。臨床現場での意思決定は術者の経験や患者の要望などを十分配慮することはもちろん、加えて最良のエビデンス(臨床研究のデータ)を参照に決定されることが望ましいと思われます。そのためエビデンスの根拠となる研究論文を読むことは臨床医にとても重要な事といえます。

過去から現在に至るまで膨大な数の研究論文がパブリッシュされ、そのすべてに目を通すことなど到底不可能です。そのため効率的に信頼性の高い論文を見極め取捨選択できる「目」を養うことはとても重要なスキルだと思います。 いわゆる批判的吟味ということになりますが、今回はそのためのチェックポイントについて触れてみたいと思います。

いわゆるエビデンスレベルで言うと、ランダム化比較試験はもっとも信頼性の高い研究方法の一つとして位置づけられています。そのなかで根管治療に関連した一つの論文をピックアップし、ランダム化比較試験を批判的に吟味するポイントについて考えたいと思います。

<ピックアップ論文>

Regenerative Endodontics Versus Apexification in Immature Permanent Teeth with Apical Periodontitis: A Prospective Randomized Controlled Study.

Lin et al

J Endod 2017;43:1821-1827

 

この研究のタイプ
ランダム化比較試験 Randomized controlled trial (RCT)

1. 論文のPICOを明確にする

まず論文のリサーチクエスチョンについて下記のような構造化を行い、どのような研究が行われたかを明確に整理することが重要です。

Patients:誰に?

Intervention:何をすると?

Comparison:何と比較して?

Outcomes:どうなる?

 

今回のピックアップ論文のPICOは以下のように整理できます

P : 根尖病変を有する歯髄壊死した根未完成歯(6-18歳)

I  : Regenerative endodontic treatment(RET)

C : Apexification

O : 歯根長の増加、歯根の厚みの増加、根尖孔径の減少


2.研究方法は妥当か?

1)ランダム化されているか?

新しい治療法の効果を調べる研究方法としてランダム化比較試験が広く行われています。たとえば新しい治療法の治療効果を知りたい場合に、研究に参加する対象患者を新治療グループと既存の治療法を採択したコントロールグループに分けて臨床結果を比較をすれば、臨床的効果を評価することができます。その際、比較する患者グループに対して治療介入以外の背景因子を同質にできれば、両群の臨床結果の差が新しい治療法の効果であると科学的に評価することができます。患者グループの背景因子をそろえるために対象患者を新治療グループとコントロールグループへランダムに割り付けを行えば、未知のリスク因子や交絡も含め確率的に同等に振り分けることが理論上可能となります。患者の背景因子の偏り(バイアス)を排除し比較する両グループの患者背景因子を同質にするもっとも強力な手段がランダム化であり、だからこそランダム化比較試験のエビデンスレベルは高いとされています。したがって論文を読むうえで、まず最初に注視するべきポイントは「比較する両グループが均等にランダムかされているか」という点です。

具体的には通常論文の最初に患者背景表が記載されいますので、これを見て両グループの背景因子に偏りが無く適切にランダム割付けが行われているかチェックすればよいでしょう。

では今回のピックアップ論文の表を見てみます。患者背景表(ベースライン)を見ると今回のアウトカム評価項目(根尖孔のサイズ、歯根長、歯根の厚み)についてはRET(Regenerative endodontic therapy)群とApexification群の両群に差は無いことが示されています。しかしながら歯牙に関する形態学的因子だけリストアップされており、たとえば年齢や性別といったその他の背景因子に関する記載はありません。両グループの背景因子に偏りが無いといえるかはunclearです。RCT論文として最も重要な点に疑問符が付いてしまいました。



2)隠蔽化されているか?

研究に参加する対象患者をランダムに割り付ける際、割り付け作業を行うヒトが対象患者をどちらのグループに振り分けるのか分からない様に割り付けの順序を隠蔽(conceal)されていることが大切です。もし隠蔽化が不十分であれば、次の対象患者がどちらのグループに振り分けるか分かってしまうため意図的に都合の悪い患者が排除されグループ間で背景因子の偏りが生じてしまう(選択バイアス)可能性があるからです。

ではこの論文の隠蔽化に関する記載をみてみましょう。


封筒法、具体的には筒の中に割付けグループが記載された紙が入れてあり、患者登録毎に一つの封筒を開封して割付けしていく方法でランダム化が行われています。

しかしながら割付けするヒトが作為的に割付けを行わないように事前に封筒を作成しているのかどうか、あるいは中身が見えない不透明な不当が使用されているのか、など割付けの隠蔽化についての詳細は記載されていません。きちんと隠蔽化されているかどうかはunclearです。

3)ランダム化は最後まで維持されているか?

ランダム化比較試験において、実際には研究期間中に脱落したり治療を中断する患者が出てしまいます。その結果、登録患者数が減ってしまい、折角ランダム化によって両グループに均質に振り分けた背景因子のバランスが崩れてしまう可能性があります。したがってこのような脱落者をどのように扱って評価しているかをチェックしておく必要があります。

脱落者を含めて解析する方法をITT解析と呼びます。この場合は最初のランダム化割付けによるグループ間背景因子の調整が保持されていますのでランダム化比較試験の利点が失われていません。また治療の中断や治療法の変更といった実際の臨床現場でも起こりうるリアルな治療効果を表しているともいえます。このような臨床研究を効果試験といい、大部分の患者が実際に経験するであろう結果が示されることになります。

それに対し脱落者を除いて解析する方法をper protocol 解析と呼びます。この場合、脱落者が除外される影響でグループ間の背景因子のバランスが異なってしまい大きなバイアスが生じる危険性が懸念されます。しかしながら治療が最良の条件下で行われた場合の有効性がよりよく反映されることになります。このような臨床研究を効能試験といい、割付け重視の効果試験(ITT解析)とプロトコル重視の効能試験(per protcol 解析)の両方で分析された結果がほぼ一致すれば結論の妥当性は高いと言えます。もし異なる場合は、実際の臨床現場での治療効果指標となる割付け重視(ITT解析)の分析結果が重視されます。

ではこの論文のアウトカム評価がどのように解析されているか見てみましょう。

 



ランダム割付けした患者数とアウトカム評価数が一致していればITT解析, 脱落者を除外しプロトコルに従った患者だけでアウトカム評価をしている場合はper protcol解析となります。

本論文では脱落者を除いた患者だけで評価されているためper protcol解析結果だけが示されており、脱落者のデータについてはどのように扱ったのか記載はされていません。統計学的には有意差があり、最良の条件下ではRETはApexificationより有効だと結論つけています。もし治療が最良の条件下で有効でなければ、通常の条件(脱落者や治療プロトコルの変更など)で有効ということはあり得ませんので、少なからずRETはApexification よりもベターな臨床結果をもたらすかもしれません。さらに望むなら実際の日常診療という状況下で本当に有効なのかどうかを検討するために、通常の条件下での解析(ITT解析)結果も示されていれば妥当性の評価について検討できたと思われます。

 

4)結果は臨床的に重要か?

統計学的有意差がある(p<0.05)場合でも、臨床的に重要な治療効果の差があるとは言えません。

p値だけでは実際の差は分からないので、信頼区間をみて臨床的判断をする必要があります。

ではこの論文のRETとApexificationでは実際どれくらいの差があったのでしょうか?

もう一度アウトカム評価表を見てみましょう。



たとえば「歯根長の増加」について考えてみることにします。 RETとApexificationの歯冠長の増加量について平均値と標準偏差、n数が示されています。この値から信頼区間を計算すると以下の結果となります。

Increase of root length

RET:1.64 ,  95%CI [1.30 , 1.98]

Apexification ; 0.6 , 95%CI [0.244 , 0.956]

両群とも信頼区間は狭くバラツキが少なく、推定値の信頼性は悪くないと思われます。

区間推定値の平均の差は およそ1ミリですね。

はたして増加した歯根長が1ミリの差は臨床上重要な差と捉えることができるでしょうか?

臨床家によって捉え方は違うかもしれませんが、この結果だけみてRETがApexificationより良い治療法だと言える程のインパクトは筆者は感じません。

3.臨床家が論文を読むために

日常臨床で生じる疑問を科学的に考察するために論文を読むことはとても重要です。

臨床家の多くは、日々多くの時間を診療に費やしており、じっくりと論文を読む時間などなかなか取れないのが現実だと思います。また母国語が日本語の我々にとっては、英語論文を読むこと自体にかなりの労力を要してしまう人も少なくはないと思われます。したがって論文の頭から順に精読していたら時間がいくらあっても足りません。しかしながら効率的に論文を読み解くポイントを知ることによって、論文を読む効率が格段に向上すると思います。

今回はRCTに限ってですが、論文で見るべきポイントをいくつかピックアップしてみました。

RCT以外にも臨床研究にはいくつかのデザイン(型)があります。そして各研究デザインによっておおよそ見るべきポイントが決まっており、それらを理解して論文を読めば要点だけ効率的に把握し批判的に吟味をすることができるのではないでしょうか。今回の投稿でその一端を少しでも感じていただけたら幸いに思います。

参考文献

Regenerative Endodontics Versus Apexification in Immature Permanent Teeth with Apical Periodontitis: A Prospective Randomized Controlled Study.

Lin et al

J Endod 2017;43:1821-1827

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