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研究の結果をどう自分の臨床に取り入れるか?
~評価と解釈の仕方、MTAの有効性の研究(Hilton et al, 2013)をもとに解説~

Evidence Based

  • 執筆者: 泉英之
  • 2022/09/26
  • 記事区分:非会員/無料

記事の長さ:5215文字

いま、MTA全盛の時代である。直接覆髄はもちろん、根管充填やパーフォレーションリペア、最近ではシーラーだけではなく合着用セメントまで応用範囲が広がっている。更に、MTAを使えば何でも治る魔法の薬のような風潮さえある。市場ではMTAに似た商品が次々に発売されており、まさに百花繚乱の様相を呈している。筆者もMTAを積極的に臨床で使用しているが、少し冷静な目でその有効性を評価する必要があると感じる。

 それには従来の材料と治療成績を比較した臨床試験が適している。今回は直接覆髄におけるMTAの有効性を検証した論文を紹介したい。Hiltonらが2013年に報告したランダム化比較試験である。

 

T.J. Hilton, J.L. Ferracane, and L. Mancl, for Northwest Practice-based Research Collaborative in Evidence-based Dentistry (NWP). J Dent Res. 2013 Jul;92(7 Suppl):16S-22S

 

この報告は、商業誌、原著論文などいろいろな場面でMTAが優れていることを説明するのに引用されている。確かに結論に、水酸化カルシウムを用いた場合に比較し、MTAを用いた場合の方が予後が良い(統計的有意差あり)となっている。これを読んでMTAが良いんだな、と思って終わりにするだけでは間違った結論を導くかもしれない。また、この論文を熟読すると論文の解釈の仕方、MTAの特徴まで学ぶことができる。そういった意味で、今回はこの論文を選択した。

 今回は、筆者がリーズアカデミーに投稿するはじめての記事ということもあり、論文の読み方についてもなるべく多く記載した。

この研究のタイプ
ランダム化比較試験 (Randomized Controlled Trial)

研究の概要

以下研究の概要をPICOに沿って説明する。

P (Patient): う蝕や外傷による露髄、機械的露髄を対象に

I (Intervention): MTA(プロルートMTA)で行った場合、

C (Comparision):  水酸化カルシウム(ダイカル)で直接覆髄を行った場合と比較し、

O (Outcome):  成功率は変わるか?

を調べるために、ランダム化比較試験を行った。

 もう少し、PICOを詳細に書くと、う蝕や外傷による露髄、機械的露髄で、露髄部からの出血の有無で歯髄の生死を決定し、出血のあるもの、また永久歯でエックス線写真で異常を認めないもの、自発痛の既往が無いもの、咬合痛や温度刺激による異常な痛みが無いものを対象とした。対象年齢は平均37.9歳 (標準偏差18.3) [範囲8-90]。術者は一般臨床医であり、術式は、次亜塩素酸ナトリウムを露髄部に数分おき、止血を確認。何度か行い止血しないものは、術者が直接覆髄不可能と診断した。

 介入群は(グループ)MTA(Pro Root, Tulsa Dental, Tulsa, OK, USA、粉液タイプ)を使用(記載無いがグレーと思われる)。対照群は(グループ2)水酸化カルシウム(Life, Kerr, Orange, CA, USA)を使用。その後、光硬化型GIC (Vitrebond, 3M/ESPE)でカバーし、それぞれの歯科医師が適切と思われる方法で修復を行った。(断髄については記載が無いので、直接覆髄を行っているのだろう。)

 研究期間を2年間とし、1次評価項目が抜歯と歯内療法、2次評価項目:抜歯と歯内療法+エックス線透過像であった。

 

研究デザインの評価 

 論文を読む際に最初にチェックすべき項目は研究デザインである。なぜなら、結果の解釈に最も影響を及ぼす要素だからである。ランダム化比較試験は調べたい因子(ここでは直接覆髄剤の違い)以外の因子が介入群と対照群に均等に分布している確率が高く、調べたい因子以外の因子が結果に影響を及ぼす確率が少ないからである。ラボで行われた研究からの結論はもちろん、後向き研究、コホート研究、ランダム化されていない比較研究より正しい結論である確率が高い(あくまで確率である)。では、ランダム化比較試験の結果はすべて信用できるのかというと、そうでもない。ランダム化比較試験の質を評価する必要がある。

 

1. ランダム割り付けについて

 まず、介入群(MTA群)と対照群(水酸化カルシウム群)に患者がランダムに割付られているかを確認する。この研究ではランダム割り付けされている。また、ランダム化の方法も重要である。この研究では、患者ベースではなく、術者ベースで様々な要素を層別化し、コンピュータでランダム化を行っている。コンピュータでランダム割り付けを行っていることは良い方法であるが、患者ベースではないことが注目すべきところである。これは後で考察する。

 

2. ベースラインについて

 ベースラインとは研究開始時に、介入群と対照群の様々な因子に差が無い必要がある。例えば、予後に影響を及ぼす可能性のある因子(患者の年齢など)が偏っていると正しい結果を表していない可能性がある。未知の因子については本当にランダム化されているかわからないが、既知の要素について本当にランダム化が達成されているのかを検証するステップがベースラインの検証である。

 一般的には患者ごとにランダム化を行い、患者の持っている要素(年齢や性別、全身疾患、う蝕の大きさ等)が介入群と対照群で差が無いかを確認するが、この研究では術者(施設)をランダム化しているうえ、MTA群と水酸化カルシウム群でベースラインの検証を行っていない。特に、う蝕の大きさによって術前の歯髄炎の程度が変わる可能性が高く、これについて記載が無いのは心もとない。

 また、術者(施設)ごとにランダム化してあるが、本文に「水酸化カルシウム群に振り分けられた1名の臨床家の成功率は非常に高い失敗率(56%)であり、全水酸化カルシウム群の失敗の31%を占めている。この術者を除いて再計算すると、差を認めない。」と記載があり、1人の術者の技術の問題により、ベースライン時の術者間の技術差が同等と言えない状態になっている。

 

3. ランダム割付の隠蔽化

 統計ソフトを使ってpre assignedと記載があり、遮蔽化されている。ランダム割付が隠蔽化されていることは、意図的もしくは無意識に患者が不適切に振り分けられることを防ぐため、重要なステップである。選択バイアスを防ぐためである。

 

4. マスキング(盲検化)

 マスキングについては記載無いため、不明である。一般的には患者、術者、結果の評価者、統計解析者がマスキングされると良い。歯科の研究の場合、材料の違いが明らかなため、術者のマスキングが不可能な場合が多く、どうしても新しい材料に影響を及ぼす可能性が残る。

 

5. ドロップアウト

 患者の追跡率が減少すると、最初の比較のための割付が維持されていない可能性がある。この研究ではおおよそ85%であり、ドロップアウトによる影響は少ないと考えられる。

 

6. アウトカム評価

 この研究の最も大きな問題は、評価項目である。研究の概要にも記載したが、

・1次評価項目:抜歯と歯内療法。統計的優位差有。P=0.046)。2年後の失敗(カプランマイヤー法)では、水酸化カルシウム:31.5%、MTA:19.7%。

・2次評価項目:抜歯と歯内療法+エックス線透過像。統計的優位差無。P=0.067。2年後の失敗(カプランマイヤー法)では、水酸化カルシウム:31.5%、MTA:22.4%。

となっており、アブストラクトに書かれている差が無いというのは、1次評価項目のことである。しかし、1次評価項目にはエックス線写真での評価が入っておらず、一般的には2次評価項目にあるように、エックス線写真で根尖部に透過像を認めるものは失敗であり、この場合は差が無い。

 ここで、「統計的有意差」という表現を使ったが、これに振り回されてはいけない。統計の方法やサンプルサイズによって差があったり無かったりする。一般的にサンプルサイズが増えるほど差が出やすくなる。そして、統計は間違えることもある。あくまで指標のひとつとして参考にする。ちなみにこの研究では必要なサンプルサイズを計算してから研究を行っている。

 ランダム化比較試験ではシンプルな統計方法を用いるため、統計の結果ではなく、生データを見てイメージできる。それが意味のある数字(差)かどうかは読者次第である。以下に、2次評価項目の場合の4分表を示す。


これが統計にかかると差が無い結果となる。さて、これを見て、どう感じますか?筆者であれば、MTAを第一選択とするだろう。その一方で、統計的有意差が無いという結果のとおり、水酸化カルシウムの成績がMTAと大きな差があるとも感じない。水酸化カルシウムしか使えない臨床環境でも、抜髄を選択することは無いだろう。

 

筆者はこの研究をどう考えるか?

内的妥当性について

 内的妥当性とは、簡単に言うと、研究そのものの精度である。これを検証する過程が研究デザインの評価であり、これまで考察してきた内容である。そのなかでも、最も注目すべき内容はアウトカム評価項目の設定である。エックス線写真による評価を含めたものを1次評価項目として研究を行うべきであった。

また、1つの施設の水酸化カルシウム群の成功率が著しく低い結果となっており、これが研究結果に大きな影響を与えている。本来であれば、術者の技術のキャリブレーションを行うべきであるが、これができていないことを示している。また、この術者を除いた場合の2次評価項目の結果が示されておらず、おそらく、より成功率の数字に差が無くなっているだろう。ただ、この結果を論文の結果に記載しているため、私たちはここからいくつかのことを学ぶことができる。

 この論文をさらっと読んだだけの読者には、「MTAのほうが良いんだ」という印象だけが残ったかもしれない。

 

外的妥当性について

 外的妥当性とは、この研究結果を私たちの臨床結果に当てはめられるかということである。患者のタイプ、術式、結果等、よく読む必要がある。

 この研究では外傷や偶発露髄も含まれているので、本来はこれを含めないほうが良かったと思う。多くの読者はう蝕と偶発露髄を分けた結果を知りたかったし、自分の臨床に当てはめる際、この研究結果をそのまま当てはめて良いのか不安になるだろう。

 年齢は幅広い年齢が含まれており、若年者に限った研究でないことは、私たちの臨床に当てはめやすい。

 直接覆髄材はプロルートMTAとライフを使用した場合の結果である。これを他のMTAに似た材料(様々なMTAと名の付く材料)、他の水酸化カルシウム製品(粉タイプやペーストタイプ)に当てはめることはできない。この研究で最も注目すべき点は、水酸化カルシウムのテクニックセンシティビティーである。繰り返しになるが、この研究の最も注目すべき点は、「水酸化カルシウム群に振り分けられた1つの施設で著しく成功率が低かった」ことであろう。この研究で用いられたライフは露髄面に触れるとアプリケーターなどのインスツルメントに付着し、うまく露髄面をカバーできないことがある。これは筆者だけでなく、多くの先生が経験しているだろう。その一方でMTAは操作時間、覆髄時間に余裕があり、比較的容易に露髄面をカバーできる。MTA群は術者による成功率の差について記載されておらず、水酸化カルシウムに比較し誰でも一定の結果を出せる材料ではないかと推察することができる。

 また、この研究の臨床環境は一般臨床医であり、大学や専門医が行った治療でないことは注目に値する。どうしても歯科治療はかけられる時間や術者の技術に影響を受ける。そういった意味では、MTAを使うことで、水酸化カルシウムより良い結果を得られる可能性がある。なんだ、結局MTAを薦めるのか?と言うなかれ。私の臨床では両者に全く差を感じない。これが外的妥当性である。筆者の場合、すべての術式でマイクロスコープを用いて治療を行っており、覆髄の基準もこの研究とは違うからであろう。研究の結果がそれぞれの臨床結果に当てはまるとは限らないのである。こういったことを吟味したうえで、論文の結果をそれぞれの臨床に落とし込むことが重要である。あくまで、この研究の結果は、この研究で行われている患者の条件、術者の介入術式と技術で行った場合、同じ結果(評価基準)が得られると解釈するのである。読者の臨床がこの論文と似た臨床条件であれば、同じ結果となる確率が高い。その場合は、積極的にMTAを使うと良いかもしれない。 

 

まとめ

1.評価項目にエックス線写真を含めると、プロルートMTA群とライフ群に統計的有意差を認めない(ただし、実際の数字を見てね)。

2.ライフを使った場合、術者の技術が結果に影響を及ぼす可能性がある。

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